常日頃、「スタック!スタック!(時にはコラボレーション)」と、言ってますケド、「
自分のやったアウトプットだけでなく、アウトプットに対する反応にもスタックできる。」という状態と、「なにもアウトプットできていない。」という状態を比較すると、コレはもう、「
段階的詳細化のプロセルのレベルで明確に解る程、雲泥の差であって、追いつくことなど不可能だ。」などと、下記を見たのがキッカケで思ったりしました。
そう言えば、
大概、自分がアウトプットできてない(、若しくは、やらせてもらっていない)、不平不満を持っている感じがするんですよね(マズローの欲求5段階説で言う、社会的欲求と愛の欲求以上が満たされていない。みたいな)。
仮に、その人が脳力と言う意味で「優秀」だったとしても、考えていることを、何かしらアウトプット(→ スタック&コラボレーション)して社会を変えていかないと、そもそも、脳内だけで正確に処理(変化のチェーンの結果を予測 / シミュレーション)することなんて出来ないので。
人間社会って、高々、一人の人間の脳の中程度で完結しないモンだよな。...と言う事で、何もアウトプットできてない人が、何かに言及する資格なんて、そもそも無い。という話もありそうです。
(仮に、言及するなら、社会にその発言の背景を、ある程度の粒度のコンテンツにして、対案として発信し、そのフィードバックをベースにして議論しないと会話にすらなりません。検証されていない仮説に付き合っている暇は無いので。)。